在校生インタビュー #3 ~Neil Wali~

今回は、同級生インタビューシリーズ第三弾をWharton MBA Class of 2021のMinopuが担当させて頂きました。今回のインタビューはReal Estate Clubで一緒に活動をしている、弁護士出身のNeil Waliです。学生時代に起業の経験もあり、昔から“ビジネス“に興味がありつつも、家族の勧めや手に職をつけるため弁護士の道へ進んだ彼。しかしながら、輝かしいキャリアからあえてリスクを取って、MBAへ来ることを決めました。 学生時代の経験、弁護士になるまでの道のり、弁護士時代の経験、Whartonでの活動について、話を聞きました。

※尚、この記事は実施したインタビューの内容を基に執筆したものです。従って、記載内容はWharton SchoolやWharton Japan Clubの公式見解を示すものではなく、あくまで質問者、回答者の個人的見解である点、ご留意ください。また、インタビューは英語で実施していますが、同級生同士の会話を日本語で再現するためにフランクな表現を使っております。

― Neil、今日は忙しいのに時間を取ってくれてありがとう。まずは、生い立ちから話してくれる? 

もちろん。両親がインドからの移民で、CaliforniaのOrange Countyで生まれ育ち、第一世代としてUSC(University of Southern California)のCommunication MajorでEntertainment、Filmingを勉強した。大学入学してすぐにIMHQ(Internet Music Head Quarters)という会社を起業した。卒業してからも続けていたのだが、卒業1年後に家族からの勧めもあって、会社を畳んで、Duke UniversityのLaw School(JD)に進学した。Law School卒業後は、ニューヨークでSkaddenで弁護士を4年間経験し、Wharton MBAにきた。 

 大学卒業後に起業したんだね。どんな会社だったの? 

学生時代に、Entertainmentを勉強していたこともあって、音楽関係で何かビジネスをできないかと思って模索していた時に、有名アーティストの曲でもアルバムに収録されていない曲がブログ、SNS等のインターネット上たくさんあることに気づいて、これをオンラインデータベースで管理したら面白いんじゃないかなと思って会社を立ち上げてみた。 

 起業して1年後にLaw Schoolに進学することになったけど、どういう経緯だったの? 

一族が全員医者(両親、兄弟だけでなく叔父叔母も)だったこともあって、そもそも医学部に行ってほしいという家族の思いがあったのは事実。学部時代に医学部に行かないと決めたときから、家族からは何か手に職をつけてほしいということで、Law Schoolに行くことを決めた。これは、インド出身の人に多い、専門職重視の文化的な背景によるものだ。 

 ただでさえきついのに、当初は自分から行きたいと思っていなかったLaw Schoolは大変だったでしょう。 

冗談抜きで、大変だった。頭が良い人に囲まれて、正直最初の1週間で学費を取り返して帰りたいと思った。だけど、勉強が進むにつれ、いかに実用的で深い学問かと実感することもできたし、多くの友人にも恵まれて、スペインでの交換留学もでき、かつ初めてSouthern  California / 親元を離れた生活だったこともあって本当に充実した3年間だった。 

 弁護士としての生活はどうだった? 

アカデミックと実務でこんなに考え方や、進め方が違うのかとギャップに驚かされた。実際の授業では2,3分でさらっと解説される出来事を理解するのに実際は数日かかることもあって、最初は戸惑ったこともあったけど、Learning Curveがきつく、自分が成長していることを実感できた。ただ、3年経ったあたりから、もう一度リスクを取って何か別のことに挑戦したいと思い、MBAに応募した。 

 ドラマのSuitsの題材となるようなNew Yorkバリバリの弁護士だったから、機会費用も多いと思うけど、どうしてMBAに行こうと思ったの? 

起業したことからもわかる通り、昔からビジネスそのものには強い興味があった。“ビジネス”という漠然とはしているけど、この領域で成功を勝ち取りたいと思っていた。家族に医者が多く、ビジネスに明るくないのを横で見ていたから、自分はこの領域では強みを持ちたいなと思ったことも要因だと思う。だから、DukeでもJD MBA(Law SchoolとMBAのダブルディグリー)を検討した。だけど、法律もビジネスもどちらも中途半端な修得になってしまうと感じたし、自分のネットワークを最大限広げられるとは思えなかったのでJDのみにした。 

Skaddenで弁護士をしながら、MBAを検討し始めたときに、Skaddenで自分と同じく弁護士からWharton MBAを取りに行った人何人かに話を聞いた。話を聞く中で“MBAに行くということは給与も含めると$1 millionの機会費用が発生することだ”といわれた。数字を聞いたときは、戸惑った。しかし、トップMBAに行くことで金銭面だけでは語れない、何にも代えがたい経験が得られると言われ、決心することができた。そして、今まさに実感している。 

 実際にMBAに来てみてどう感じている? 

まず一番に伝えたいのは、自分のやりたいこと何にでもチャレンジしてもよい、というマインドセットを身につけられたのが大きい。Whartonに入学してすぐに、自分がチャレンジしたいと思ったら応援してくれる土壌があることに気づき、感謝している。 

それから、Whartonのブランドを通じたネットワークも素晴らしい。Real Estate ClubのNew York Trek(New Yorkの不動産会社を訪問するTrek)を企画した際に、普段であれば接することが難しいHigh ProfileのWharton のAlumniではもちろんのこと、WhartonのAlumniでなくても、快く面談をセッティングしてくれた時には、Whartonブランドの強さを実感した。 

 本当にリスクフリーで色々なことにチャレンジさせてくれる機会を提供してくれていると実感するよ。そういえば、Charity Showでオリジナルデザインのグッズを作っていたよね?どういうプロジェクトだったのか教えてくれる? 

まさに今着ているのはプロトタイプのトレーナーだよ。笑 

(プロトタイプを見せてくれるNeil) 

入学してすぐにBookstoreでWharton グッズを見ていた時に、正直、値段高いしデザインがダサいなと感じたんだよね。だけど、愛校心はあるから買いたい、という複雑な気持ちになった。その時にCharity Showの開催者として、オリジナルデザインのWhartonグッズを作ろうと思い立った。(今年は残念ながらCOVIDのせいで中止になってしまった)チャリティファッションショーの開催者として、この新しいデザインのWhartonグッズを試したいと思うようになった。50セット限定でチャリティファッションショーのチケットとセットで販売したところ、トレーナーは完売したし、評判も上々だった。 

 どうやってトレーナー作ったの?誰かとコラボしたの? 

今回は、地場のメーカーや縫製をサポートしてくれる人と協働して作った。プロジェクトマネジメントの経験も積めていい経験になった。来年はRetail ClubのCo-Presidentにもなるので、ファッションショーを何とか実現したい。 

 卒業後の進路はどう考えているの? 

インターンが残念ながらキャンセルになってしまったのだけれども、自分の立てた仮説を試しながら、卒業後の進路を見極めたい。不動産は強く興味を持っていて、本業でも副業でも何らかの形で関わっていきたいなと思っているけど、まだ模索している。 

 本当に長い間、インタビューに付き合ってくれてありがとう。 

Applicantから何か質問があれば、遠慮なくつないでくれ。Happy to chat!


終わりに

今回のNeilとのインタビューを通じて、印象に残っているのは“自分のやりたいこと何にでもチャレンジしてもよい”というマインドセットをMBAが提供してくれた、という言葉でした。私も過去1年の振り返りをする中で、何を学び、何を培ったかを振り返ると、“何事にも興味を持ち、挑戦し、その挑戦を応援してくれるWhartonというコミュニティ”だったなと感じます。目に見えない資産をMBAがもたらしてくれていることに、感謝する日々です。  

在校生インタビュー #2 ~Rita Zhang~

Wharton MBA Class of 2021のYと申します。前回多くの方に在校生インタビュー記事をご覧いただきましたので、二回目のインタビューを実施しました。前回はコンサルティング会社出身の学生でしたが、今回は起業家です。

私のCohortメート、Rita Zhangは中国で起業した経験があり、会社を経営する中で限界を感じMBAで学ぶことを決めました。起業の経緯、Whartonでの学び、そして卒業後のプランについて、じっくり話を聞きました。

※尚、この記事は実施したインタビューの内容を基に執筆したものです。従って、記載内容はWharton SchoolやWharton Japan Clubの公式見解を示すものではなく、あくまで質問者、回答者の個人的見解である点、ご留意ください。また、インタビューは英語で実施していますが、同級生同士の会話を日本語で再現するためにフランクな表現を使っております。

バックグラウンド

― 今日は時間を取ってくれて有難う。まずは生い立ちから教えてくれる?

「中国出身。上海から車で2時間程の张家港という地方都市で生まれた。15歳までこの都市で育ったが、海外への憧れがずっとあった。16歳の時に交換留学のチャンスがあった。試験を通過した一握りの学生しか行けないプログラムだったが、勉強をして米国のミネソタ州に留学する権利を勝ち取った」

― ご両親から遠く離れての1年間、それもミネソタ州(米国北中部に位置する州で、人口における白人の割合が80%程度)。大変だったんじゃない?

「最初はとても大変だった。交換留学プログラムの運営側は現地に慣れさせるために学生に親に連絡させなかった。文化・言語に馴染めず、毎晩深夜2時まで泣いていた。高校で友達を作るのも難しかった。同級生は幼稚園からの幼馴染という間柄の人ばかりで、アジア人で英語も上手に喋れない私が突然輪に入れる訳もない」

― どのようにして精神状態を保ったの?

「留学生同士の交流に助けられた。皆私と同じような境遇にいて孤独だった。1~2週間に1度集まって色々な話をした。ホストファミリーはいい人達だったが、仕事等他にやらねばならぬことがある。お互い心を開いて全てを話すという間柄にはなれなかった」

― 状況はやがて好転していった?

「やがて学校で友達ができて、最初よりはよくなったけど、帰属意識が芽生えることはなかった。だから、多様性の高いカリフォルニアで、包容力のあるリベラルアーツ系の大学に行きたいと思った」

― 交換留学で大変な思いをしたのに大学でも留学志望か。中国で勉強しようとは思わなかったの?

「全く考えなかった。理由は2つある。1つは入試が大変である点。難関大学の入試を通過する為には多くの暗記を要するが、将来使わないであろう知識を詰め込むことに意義を感じなかった。ただ、当時の私の成績はとてもよく、高校入学試験の成績は約6,000人中5位だったので、勉強をすれば難関大学にも行けたと思う」

― その成績はすごい。

「もう1つの理由は、中国の大学での学習に価値を見出せなかったこと。多くの学生が受験で燃え尽きて、大学で遊んで時間を無駄にしてしまう」

― 日本でもそうだな。入試が大変だから、燃え尽きて遊んでしまう大学生が多いよ。

「とても残念なことだと思う。大学は、情熱をもって、将来の夢に向けて勉強するところなのだから」

― (自分の過去を大反省しつつ)その通りだね。因みにご両親から海外留学については反対意見はなかった?

「両親はとても協力的だった。実は両親は私をミネソタに送った直後とても後悔していた。私が苦しんでいたのを知っていたから。でも私は『これが私の選んだ道だ』と両親を説得して納得してもらった。なので、大学進学についても私の信じる道を応援してくれた」

― 素晴らしいご両親だね。そして念願叶ってカリフォルニアの大学に進学した。

「希望通り、リベラルアーツ系のPomona Collegeに進学することが出来た。ところが、半年経ったところで家庭の事情で中国に戻らなければならなくなり、休学した。ただ、その時に友人と共にビジネスを始めることとなった」

起業

― 何がきっかけで、どのようなビジネスを始めたの?

「地元で、海外での大学進学を志す高校生へのアドバイスを始めた。きっかけは、当時Harvardの大学院に通っていた友人が声をかけてきたこと。彼女は当時知人の子どもの受験プロセスを手伝っていて、私にも声がかかった。口コミが拡がり、ビジネスに展開できると思ったので友人と起業した。サービスの内容は、英語のReading・Writingの指導や、出願プロセス全体のアドバイス、自己認識を高めて目標を定めるカウンセリングサービス等」
― ちょっと待って、当時休学中だったんだよね?起業した後、学業を再開したの?

「実は大学には戻っていない。家庭の事情と、ビジネスの拡大を理由に中国に残ることを選択した。代わりに、通信教育を受けて中国の大卒の学位を1年半で取得した。全く典型的な学生生活じゃなかったから、ビジネススクール受験の時説明するのが大変だったよ(笑)」

― 通信教育を受けながら、友人と2人でビジネスを始めたんだね。

「実は共同創業者は起業から僅か1ヶ月半で離脱してしまった」

― え・・・。なぜ?

「Harvardの大学院に通っていた彼女は起業志向があったんだけど、実際のビジネスの経験が彼女の求めていたものとは違ったみたい。それで、Harvardに戻って学業とビジネスを両立しようと思っていたけど、結局時間的制約と時差の問題で手を引くことになった」

― 波乱万丈の船出だね。

「そう。だから学生の募集、カウンセラーの採用、そしてアドバイスの全てを自分でやらねばならず、本当に大変だった」

― 当時20歳ぐらいだよね?20歳でそういった業務を全てこなすのは想像を絶するよ。あと、面白いと思ったのはカウンセリングサービス。相手が高校生とはいえ、20歳がカウンセリングをするというのは並大抵のことではないと思うけど。

「実はカウンセリングを自分でやっていたわけではなく、米国で心理学を学んだ人を採用してカウンセリングを担当してもらった。でも、カウンセリングを高校生にやるべきだと考えたのは私。日本から来るMBA生もそうだと思うけど、中国から留学する若者は、文化・言語の問題で最初必ず苦労する。苦しんだときに『なぜ自分が今ここにいるのか』が分からないと苦境を乗り越える力が生まれない。それ故、海外留学をする前に自己認識と将来の目標を定めることがとても大事だと考えた。」

― カウンセリングのフォーマットは?

「4人のカウンセラーに対して18人の学生を集めて、1週間の集中講座を実施した。カウンセリングサービスは、競合にはない差別化要素であり、1週間の集中講座は画期的だと考えていた」

ー ビジネスモデルについてもう少し教えてもらえる?

「自分が持っている海外に留学した学生や卒業生のネットワークと彼ら/彼女らのリソースを、サービスを必要としている地方都市の学生とその両親に届けるというコンセプト。マッチングプラットフォームと言えば分かりやすいか。最初は地元で始めたが、サービス地域を北に拡大していった」

― Ritaが書いたLinkedInの記事を読んだんだけど、その中で「顧客が求めていないカウンセリングサービスを提供していることに気付かなかった」といった記述があったね。

「そう。『顧客が求めるサービス』と『私たちが提供したいサービス』を一致させることが如何に難しいか実感する日々だった。学生の両親は名だたるトップスクールに子どもを送り込むことだけを考えていた。でも、能力やフィットの問題があるから、全員が名門校に行って幸せになるとは限らない」

― その通りだね。フィットはビジネススクール選びにおいても重要だ。

「だから、時に私は両親に対して、『ご子息に合う学校は名門校ではない』と説得しなければならなかった。でも、両親は子どもの名門校に行ける可能性を信じたい。私と方針が合わないと思ったらすぐに競合をを利用した。また、カウンセリングサービスなど不要だと思っている両親が多かった。私は競合のサービスがいいとは思わなかったけど、競合は両親が求めているサービスを提供していたんだよね」

― 悩ましい問題だね。

「やがて、どういったサービスを提供すべきか、どのように会社を経営すればよいのか、どのように従業員を管理すべきか、といった疑問を持ち、沢山勉強した。そして、自分のビジネスが大きく拡大する可能性がないことを確信し、2年ほど経ったところで会社を売却することに決めた」

― 大きな決断だね。その時点で会社はどのような規模になっていたの?

「顧客である学生数は約80名。別途、オンラインで3,000~4,000人にワークショップを実施していた。ただし、多くの学生のアドバイスをするには採用を増やさなければならなかったので指数関数的な拡大は難しかった。また、業界を見てみると超巨大なプレーヤーが圧倒的な地位を占めており、私の会社は泡沫プレーヤーに過ぎなかった」

MBA出願

― 会社売却と同時にMBA留学を決めたんだね。

「そう。カウンセリングサービスを始めた理由に、他社にはない差別化要素があったんだけど、顧客のニーズがサービスに追い付いていないという実感を得て、『まだ自分の会社は規模拡大する時期に達していない』と考えた。では、どうやったらスタートアップの規模を拡大することができるのか?、勉強したくなった」

― そしてWhartonはじめいくつかのビジネススクールに出願。

「キャリアが珍しかったので、過去の話をするのは少し大変だったけど、何を学びたいか明確だったので、出願プロセスはそこまで苦労しなかった。志望校に関しては、WhartonかStanfordに行きたかった。」

― 起業を志している人がStanfordを志望するのは一般的だけど、Whartonを志望していた理由は?

「Whartonのブランド力は中国でも非常に強いので、起業した際に顧客に信用してもらえる。そして、Whartonは起業家教育に力を入れている。受験時に在校生に話を聞いたところ、スタートアップを志す人が利用できるリソースが多くあることが分かった。また、会計やファイナンスをはじめとした授業のクオリティの高さも志望理由のひとつ。会計やファイナンスの専門家になるつもりはないが、経営に必要なツールなので学習したいと思っている。こういった要素を総合的に鑑みると、Whartonは非常にいい選択だった」

― スタートアップを志す人向けのリソースというのはどのようなもの?

「まず、スタートアップが利用できるLabがある。そして非常に活発なEntrepreneurship Club。起業アイディアを同級生と議論し発展させることが出来る。また、教授が非常に協力的。Wharton発の眼鏡会社、Warby Parkerの創業者はPricing StrategyやMarketingについて教授に指導を仰いだ結果、起業アイディアが先鋭化され、今の成功に至っている。他にも、Semester in San Franciscoも大きなアドバンテージ。西海岸で人脈を構築することが出来る」

Whartonでの生活

― 有難う。晴れてWhartonでのMBA生活が始まって9か月経つけど、ここまでどういう感想?

「Whartonで気に入っているのは、多くの選択の機会に恵まれていること。仲良くなる人、ランチタイムに開催されるセッション、授業、Club等、大きな学校なので多様な選択肢がある」

― 何か苦しんだことはある?

「グループワークが多いので、当初苦しんだ。振り返ると学習も会社経営もチームで協力するスタイルではなく、自分の力で切り開くスタイルだったので、グループワークをしないといけないというのはどうも慣れなかった。過去ファイナンス、会計、統計等の必修クラスで学ぶ知識を全く学んだことがなかったというのも一因」

― 課外活動はどういうものに参加した?

「Dance Studio(学生がダンスを大勢の人の前で披露するクラブ)に参加したんだけど、COVID-19の影響で公演が中止になってしまい、残念だった。その他は多くの文化系クラブに参加した。Asian American Association、Greater China Club、Wharton African Student Association, Southeastern Asia Clubなど。これらのクラブを運営している学生たちは自分たちの文化を伝えることに非常に熱心なので、イベントに参加するのがとても楽しい。Whartonコミュニティはとても多様性に満ちている。」

9月のパーティーで同級生と(左から3人目がRita)

― 充実した学生生活を送っていたように思えるけど、春学期は休学したんだよね。

「そう。沢山の選択肢があったことは素晴らしかったんだけど、一つひとつの機会の意味を理解してどれを選ぶのか決めるのが難しかった。”FOMO (“Fear Of Missing Out”の略語で、周囲の多くの人たちがしていることや参加している機会を、自分だけが逃してしてしまうことへの恐怖を指す)”っていうけど、『機会を逃したくない』という気持ちに突き動かされて飛び込むことはあれど、果たして自分が本当にそれをしたいのか判断がつかない状態が続いた。一度時間をしっかり取って周りに左右されない自分の軸を作りたかった。MBAに来る人には自分が大切にしている価値観をしっかり理解してから来ることをお勧めしたい。キャリアについて明確に決まっている必要はないが、時間の過ごし方や好き嫌い等、自分の価値観の軸を持っていた方がいい。

私が体験した例で言えば、グループワークをしていて周りのメンバーが私よりも遥かにエクセルスキルに優れていた。私は当時とても焦ってエクセルすらできない自分を責めたが、ひと呼吸おいて考えたら『そもそも私はエクセルを学ぶためにWhartonに来たわけではない。また、自分がエクセルができなくても会社の経営はできる』と気付いた。優秀な人が沢山いるだけに、ストレスを感じる可能性はあるが、自分の価値観が定まっていれば大丈夫」

Gap Semesterでの発見・Wharton卒業後のプラン

― 休学中は何をしていたの?そして、価値観は定まった?

「親友とハワイに行ってサーフィンをした。夜は彼女と語り合った。自然に身を委ねて豊かな気持ちになった。その後、カリフォルニア州ヨセミテ国立公園でハイキングをした。もっと旅行する予定だったけど、新型コロナウイルス感染拡大を受けて途中で切り上げ実家に戻った。実家では草花を育てた。そうしているうちに自分の価値観が定まってきた。それは、やはり自分は教育と啓蒙に興味がある、というものだ。それも、受け手が自らの価値観を定め、自己認識を向上するような教育・啓蒙。中国におけるプレッシャーの高い教育環境で自己認識が不足していることから自分を見失う学生が多いが、自己認識を高めることで心理的独立を獲得し、自己実現できると思っている」

ヨセミテにて

― 価値観が定まったのは素晴らしいことだね。休学から復帰する今年の9月からはどのような活動に集中していきたい?

「授業では、ファイナンスや会計に加えてPricing Strategy、Marketingを中心に取りたい。また、これまでは自分の若さや皆と異なるバックグラウンドに対する負い目、自分の考えや経験をあまりシェアしなかった。でも、今は自分の考えや経験を自信を持ってシェア出来るし、それに価値を見出してくれる同級生がいると思っている。だから、Storytellersや各クラブが開催するSmall Group Dinnersに参加したい」

― 卒業後のプランは?

「具体的にどのようなビジネスを立ち上げるかはまだ構想中。多くの人に心理的にポジティブな影響を与えられるインフルエンサーになれれば、と今は考えている。中国でライフスタイルを紹介するブログやWeChatチャンネル、そして起業家にインタビューするPodcastを現在運営中で、まずはこれらを足掛かりにする。キーワードは自己認識と自己成長。まだ中国では小さな市場だが、伸ばすことができると思う」

― 素晴らしい計画だね。応援しています!今日は時間を取ってくれてありがとう!

草木からもエネルギーをもらった

Whartonというと、ファイナンススクールというイメージを持つ方が多いと思いますが、最近は起業にも力を入れており、Ritaが言う通り豊富なリソースを有しております。起業というとStanfordをはじめとする西海岸の学校のイメージが強いと思いますが、起業に興味がありMBAをご検討の方は是非Whartonも選択肢に入れていただけますと嬉しく思います。

また、今回は学生生活の生々しい話が聞けました。機会が豊富にあるからこそ自分を見失う恐れがある、というのは言いえて妙だと思います。MBA受験を控えている皆様は出願プロセスを通じて自らの価値観を問うてみてはいかがでしょうか。お手伝いができるのであれば可能な限り力を尽くしますので、ご相談いただければと存じます

(終)

在校生インタビュー #1 ~Tracy Zeinoun~

Wharton MBA Class of 2021のYと申します。現状、日本語でアクセス出来るMBA学生のインタビュー記事は日本人学生へのインタビューが殆どですが、一方でユニークなバックグラウンドの学生との交流はMBA留学の醍醐味です。特にWhartonは1学年860人の学生が所属しており、多くの学生とのネットワークを構築することが出来ます。Whartonへの留学を検討されている皆様に、Whartonでの留学生活の醍醐味の一部を感じていただけるよう、同級生インタビューを実施しました。今回のインタビュー記事はパイロットケースですが、好評であれば不定期でWharton Japan Clubウェブサイトに掲載する予定です。

今回の記事では私のLearning Team(1年生の秋学期に多くのグループワークにともに取組むチーム)のチームメイト、Tracy Zeinounを紹介します。彼女のグループワークにおける思考の深さ、仕事の速さ、リーダーシップは際立っており私はその能力を尊敬しています。

そんな彼女も私の落ち着き(単に歳を取っているだけだと思うのですが)を尊敬しているらしく、Learning Teamのグループワークがなくなった春学期以降も定期的に会って話しています。そんな友人であるTracyにこれまでの人生、Whartonでの生活、出願プロセス、そして卒業後のビジョン等について質問すべくインタビューしましたので、是非お読みください。

※尚、この記事は実施したインタビューの内容を基に執筆したものです。従って、記載内容はWharton SchoolやWharton Japan Clubの公式見解を示すものではなく、あくまで質問者、回答者の個人的見解である点、ご留意ください。また、インタビューは英語で実施していますが、同級生同士の会話を日本語で再現するためにフランクな表現を使っております。

バックグラウンド

― 今日は時間を取ってくれて有難う。改めて生い立ちについて話してもらってもいいかな?

「私はレバノンの首都ベイルートの郊外にある村で生まれ育った。家の近くに親戚も皆住んでいる環境。村に住んでいたからいい学校に通うにはベイルートまで片道1時間を通学しなければならなかった」

― それは大変だね。なぜそうしなければならなかったの?

「レバノンでは、公立学校で受けれられる教育の質が非常に悪い。例えば、公立高校を出て大学に進学するのは困難。ある程度の質の教育を受けるには小学校から私立に通わなければならないが、私立校は殆どベイルートにある。ただ、私立校の学費は非常に高い。私と弟は、将来の為にいい教育を受けたかったから両親に相談した」

― レバノンについてもう少し教えてくれる?

「レバノンの経済は長年停滞しており、政治腐敗が進んでいる。長年、一部の政治家が国を牛耳り税金を無駄遣いして国が発展してこなかった。今年は国債のデフォルトも発生した」

― なるほど。そういえば最近デモが起きていると聞いたけど。

「国の借金が膨れ上がり、増税が相次いだ。そして急速な通貨安の進展により銀行から一定の金額を引き出すこともできなくなった。そこで昨年からデモが起きている。人々は政府に抗議するためにストライキをしている。人々は政治に懐疑的になり、変革を求めている」

― そんな大変な状況を教えてくれて有難う。生い立ちの話に戻るけど、私立校に行きたい、でも両親に金銭的負担をお願いしないといけない、というのは6歳の子どもにはとても重い話のように思えるけど。

「私達と両親は常に正直なコミュニケーションを意識して生きてきたから意思を伝えるのは難しいことではなかった。母が学校の先生をしていたこともあり、子どもの教育に熱心だったから私立校に通わせてもらえたけど、私立校の学費を払うのは大変。裕福な家庭ではなかったから、両親は私達がいい教育を受けられるように必死で働いて稼がなければならなかった。でも、両親は我々に家計が大変などとは一度も言わなかった。やがて状況は好転したけれど、私が私立校に通い始めた頃は大変だったと思う。でも、両親はお金よりも大事なものがあると常に言っていたから、私達は敢えて家計について両親に聞くことはなかった」

― 素晴らしい家庭だね。ベイルートの学校ではどんな体験が待っていたの?

「村とは別世界だった。他の学生は高級官僚、大臣の子息や金持ちの子どもばかり。同級生と共通の話題がなかったし、放課後に遊ぶこともできなかった。私は1時間離れた村に帰らないといけなかったから。真の意味で友人と呼べる同級生は一人もいなかった。でも、疎外感を持っても両親に言うことはなかった。両親が苦労していたのを知っていたし」

― 当時、どのようなモチベーションで勉強をしていたの?

「私の通っていた学校は中東最高峰の大学であるAmerican University of Beirut(”AUB”)への進学率が高く、私は AUBにどうしても進学したかった。同級生も、AUBに行って家業を継ぐという人が多かったので、勉強へのモチベーションも相応にあった。でも、当時の同級生でMBAを現在考えている人は1人もいない」

― なるほど。でもWhartonにレバノン人の同級生が5-6人いるよね?

「私と同じように苦労して私立校で教育を受け、AUBに進学し、UAE、カタール、サウジアラビア等でコンサルタントとしてキャリアを築いた人ばかりだよ」

― Whartonにいるレバノン人がTracy同様にUAE等の国でコンサルタントとしてキャリアを築いたばかりである理由は何なの?

「2つあって、ひとつはコンサルティング会社がスポンサーしてくれるから。そうでないとレバノンからMBAは金銭的に困難。もうひとつはマインドセット。借金してまで教育を受けるという発想がレバノンにはない。そもそも米国と違って、MBAを取得した後に給与面でアップサイドが狙える職業がレバノンに存在しない」

― 有難う。ちょっと戻るけど、Tracyは高校卒業後晴れてAUBに合格しAUBを卒業。その後ドバイの戦略コンサルティング会社に就職したんだよね。

「そう。レバノンの外でスケールの大きい仕事がしたかった。コンサルティング会社では、政府、民間企業問わず様々なプロジェクトに参加して素晴らしい経験を得た。レバノンでは「戦略を立案し、実行し、ビジネスを拡大する」という概念が存在しない。戦略的に思考し、人を説得するプレゼンをし、ビジネスを動かすダイナミクスはかけがえのない経験で、私は大いに成長することが出来た」

MBA出願

― MBAに出願した経緯を教えてもらってもいいかな。

「コンサルティング会社で素晴らしい経験を積むことが出来たけど、更に成長するために3年間勤務した後にMBA留学を決断した。欧州という選択肢もあったが、米国一択だった。理由は2つあって、ひとつはインターン期間も含めて2年間勉強したかったこと、もうひとつは世界一のGDPを誇る米国のトップスクールで、異なったバックグラウンドを持つ優秀な同級生とともに勉強し、交流して視野を拡げたかったこと。例えば、今まで金融機関に勤める友人などいなかったし。彼ら彼女らが何を考え何をビジョンとして持っているのか、共に学びながら知りたかった」

― Whartonを志望した理由は?

「1つ目は学校の文化が気に入ったこと。出願前に私が抱いたWhartonのイメージは、『勉強を真剣にするけど、遊びも全力でする。そして協調的』というものだった。2つ目は、ブランド力。Whartonのブランド力は強く、卒業生のネットワークも強い。3つ目はロケーション。New Yorkもいいけど、あまりに騒がしい。New Yorkに日帰りで行ける距離でありながら落ち着いた街であるPhiladelphiaがとても気に入った。4つ目は教育学部の授業が受けられること。教育に興味がある私には最適だった」

― 受験生にアドバイスはある?

「Whartonで何を得たいのかを具体的に考えて、しっかりと自分の言葉で素直に語れるようになった上でエッセイを書いてほしい。Team Based Discussion(書類選考通過後に行われるグループディスカッション形式の選考)については、他人を尊重しつつも、リーダーシップを見せてほしい」

― TracyはRound 2で出願したけど、即合格とはいかず、Waitlistに入ったよね。

「そう。Round 3の合格発表のタイミングで1度だけ、Whartonに入学したいという熱意を書き綴ったメールをAdmissions Officeに送った。Admissions Officeが忙しいことは知っていたので、その点は尊重しつつも、『私はここにいる!』と主張したかった」

― いつ合格発表の知らせを受けたの?

「6月。留学生だから、かなりギリギリのタイミングだった。1年のスケジュール、受講免除すべき授業、どのような課外活動をしたいか等調べる時間がなかった」

Whartonでの生活

― Whartonに晴れて入学して、秋学期・春学期が終わろうとしているけど、これまで期待通りの日々が送れている?

「予想以上に勉強が大変だった。とはいえ不要と思える必修授業もあった。私がコンサル出身で、既に仕事で学んだ内容があるというのもあるけど。入学してくる人には既に知っている内容の授業については入学直前に受けられるWaiver Examを受験して受講免除にすることをお勧めする」

― それは私もよく志望者や合格者にアドバイスする内容だ。

「文化は期待以上。皆フレンドリーで、ベイルートの時と違って真の友人ができる。また、留学生が多いので米国の学校だからといって疎外感を持つこともない」

― 他にも期待通り、期待外れだった経験はある?

「同級生が他の同級生のことを非常に気に掛けており、感銘を受けた。例えばインターンに向けた就職活動に際して、同級生同士で面接の練習をすることがよくある。私はコンサル出身なのでコンサル志望の同級生の面接練習に何度も付き合ったが、逆に夏にインターンしたいテック企業の面接練習を同級生に何度もしてもらった。助け合いの精神が溢れている素晴らしいコミュニティだと思った。同じ業界を目指す人が多いビジネススクールではこのようなコミュニティは珍しいと思う」

― これまでの学生生活のハイライトは?

「Follies(Wharton生有志が脚本、演出、演技等全てを自ら行うミュージカル)は非常に印象的だった。参加する機会を逃してしまい、同級生の舞台を客席から見ただけだが、素晴らしい出来で、Whartonコミュニティに属していることを誇りに思えた経験だった。

他にも、トレックはいい経験だった。これまでコロンビア、コロラド、メキシコ、アルプス、ペルーに行った。同級生と旅行先で昼夜を共にして語り合い、違う文化に触れるのはMBAの醍醐味。トレックに参加することで今まで知らなかった同級生と仲良くなることもできる。特に今年コロラドで実施されたスキートレックは毎年1,000人近い学生が参加する一大イベント。行くことを強くお勧めする。

改めて振り返ってみると、8月に入学してから9か月、あっという間だった。今後入学してくる人には、1年間でどんなイベントがあるのか在校生に事前に聞いて、自分が何をしたいのか具体的にイメージすることをお勧めする。入学後の生活は本当に忙しいので。私はFolliesに参加する機会を逃して本当に後悔している。来年は参加するつもり」

― 他にお勧めしたい経験はある?

「Storytellers(Wharton生の有志が同級生200人の前で自ら伝えたいストーリーを語るイベント)も素晴らしい。定期的にあるので行けるだけ行くことをお勧めする。Whartonにいる人たちの多様なバックグラウンドを知る機会。私も来年自らのストーリーを皆に伝えたい」

― 言われてみて気付いたけど、今までMBAを志望している人達にこういったイベントのことを話したことがなかったな。

ソーシャルと言っても、パーティーばかりしている訳ではない。本当の意味で同級生とかけがえのない体験をし、同級生を知ることの出来る機会がWhartonには沢山ある。Storytellersはいい例」

― StorytellersとPre-Term(1年生の最初の3週間)で行う自己開示の為の会話は似ていると思う?

「違うと思う。Pre-Termでは、短期間で同級生の一体感を高める為に各学生がそれぞれのライフストーリーをLearning Teamのメンバーに対して語る機会があるが、Storytellersは参加者の自由意思で行うものであり、聴衆も自由意思で参加しているので、また違った雰囲気」

― ところで、2020年9月から始まる次の秋学期はSemester in San Francisco(”SSF”。サンフランシスコのサテライトキャンパスで1学期を過ごすプログラム)に参加予定だよね?

「そう。Wharton在学中に違う環境が体験できるのがSSFの魅力。教育系スタートアップでのインターンをしたり、近郊に旅行したりする予定」

― そういえば、WhartonではBusiness Analyticsを専攻予定だよね?

「そう。入学時はEntrepreneurshipを専攻しようと思っていたが、1年生の春学期にSergei Savin教授のBusiness Analyticsの授業(選択必修科目の一つ)を受講して全てが変わった。データを分析し、ビジネス判断に生かすというプロセスの楽しみを見出した。データに基づいたビジネス判断というのは今後も間違いなく重要なので、より深く勉強したい。Innovationの授業も履修したが、私が最も興味を抱いたのはBusiness Analyticsの授業だった」

― 他にお勧めの授業はある?

「Predictive Analysis、Analytics for Revenue Managementはチャレンジングだが、非常にいい授業だった」

― Whartonについてひとつだけ変えられるとしたら、何を変えたい?

「University of Pennsylvaniaのキャンパスは美しくて素晴らしいけど、Whartonに関しては少し自習や打合せのスペースが少なく感じるので、もっとキャンパスに増やしてほしい」

― 確かに、キャンパスから離れたCenter CityにはMBA生専用の勉強スペースがあるけど、キャンパス内は試験前は特にスペースが足りないかもね。

Wharton卒業後のプラン

― Wharton卒業後のプランを教えてくれる?

「スポンサーしてもらっているので、コンサルティング会社に戻る予定。ダイナミックな仕事には魅力を感じているし、Whartonで専攻予定のBusiness Analyticsを生かして活躍したい」

― 教育に興味があると言っていたけど、やがては教育系の会社を起業することも考えている?

「現時点では深く考えていない。教育系テック企業が今後先進国で伸びるだろうから、そのような事業をやがて中東で、とぼんやりとは考えているけど具体的にはまだまだ。そしてレバノンの教育は変えなければならないことが沢山ある」

― まずは政治を変えないといけない?

「真の民主主義がレバノンには必要。能力のある人たちが国を前に進めていかないと」

― Tracy、君は政治家に向いていると思うよ。

「有難う。国のため働きたいけど、今のシステムで私1人が政治家になっても変わらない。システムごと変えたい」

その他、日常生活等

― トピックが全く変わるけど、趣味は何?よく絵を描いているのは知っているけど。

「絵を描くのは好きだけど、もっと好きなのはエクササイズ。Barry’s Bootcamp(兵隊式の厳しいジム)によく行っている」

― え、そうだったの?よくやるね・・・。

「私にとって、Barry’s Bootcampは単なるジムではなく、家族のようなもの。皆とハードワークを通して結束が高まる素晴らしいコミュニティ」

― 他に趣味はある?

「最近は料理もよくする。コンサルタント時代は忙しかったけど、今はコーヒーを淹れたり、料理をしたり、友人とワインを飲んで語ったりする時間があって楽しい」

― Tracyは課外活動にも沢山参加しているし、いつも忙しい印象だけどな

「自らを忙しくすることが好きというのは、間違いない。でも、自分がやりたいことをやりたい人とやりたいだけやっているから毎日充実している」

― 今日は時間を割いてくれて有難う!

「もちろん。少しでも日本人の皆さんの参考になれば光栄だわ」

身近にいる友人と1時間じっくり話して、彼女のことをより深く知ることができました。彼女が言う通り、質の高い教育も、他では知り合うことのできないであろう同級生との交流も、MBAの醍醐味です。彼女と話して改めてこのMBA留学の機会の貴重さに気づかされました。これから夏休みに入りますが、離れた場所にいる同級生とも定期的に連絡を取り、2年生の秋学期以降はより交流を深めていきたいと思います。

(終)